私が「終活」を始めた本当の理由 〜「家族や子どもがいるから安心」は本当?〜
- 4月10日
- 読了時間: 3分
更新日:5月25日

「もし今、私が倒れたら、誰が後片付けをするんだろう」
そんな不安が現実味を帯びたのは、10年近く前のことでした。仕事に家事、育児。休みなく走り続けていた中で体調を崩しかけ、受けた検査で見つかったのは、決して楽観できない診断結果でした。
結果的に「疑い」で事なきを得たのですが、真っ白な頭で再検査を待つ間、真っ先に浮かんだのは悲しみではなく、「このままでは絶対に浮かばれない!」という、猛烈な焦りと執念でした。
特に、強く拒絶反応が出たのが「お墓」の問題です。「代々続く古い価値観や、家制度の枠組みに従って、亡くなった後まで縛られるのは絶対に嫌だ」という強い。色々なものに縛られた最期や誰かが決めた方にはめられるのではなく、せめて自分の納得のいかない形にされるのだけはどうしても避けたかった。そのためには、今すぐ動かなければ、と。
「子どもに頼む」「家族がいるから大丈夫」という言葉への違和感
世間ではよく「お子さんがいるなら、老後は安心ね」なんて言われます。でも、本当にそうでしょうか?
私はそうは思いません。子どもには子どもの人生があって、やりたいこともたくさんあるわけです。その貴重な時間を、私の人生の「後片付け」に費やしてほしくないと思っています。
一方、世の中には「子どもが親の面倒を看るのは当たり前」という価値観もまだ根強く残っているのもまた事実。でも、家族の在り方が変わっている中で、その常識にいつまでも縛られる必要があるのか?と。私はこの世間の常識にさえも縛られたくないのだと思いました。
だったら、動けるうちに自分で全部やってやろう。そう決意して、まずはエンディングノートを書いてみることにしました。
ノートを書いて気づいた「壁」
ノートを埋めていく作業は、意外と今の生活にもプラスになりました。不要なサブスクを解約し、バラバラだった保険や資産を整理する。日々の生活がスッキリしていく感覚がありました。
でも、書けば書くほど、「ノートには『希望』を託せても『実行』する法的な効力がない」という冷酷な事実に突き当たります。
置き場所は伝えてあるけれど、いざという時、後で見つけて『手遅れ』になることもあるかも? 残された子どもに「複雑な解約手続き」をすべて任せられるか? その不安は、ノートを書くだけでは消すことはできませんでした。
「安心」をプロに外注するという新常識
そんな時に出会ったのが、終活のワンストップサービスでした。正直、自分ですべてやるよりはお金がかかります。でも、考えてみてください。何をどこに聞けばいいか分からないと立ち尽くしてしまう。そんな時、プロに「丸ごと相談できる場所」があることが、どれだけ救いになるか。
自分だけでは整理しきれない複雑な契約も、家族には少し見せづらいプライベートな希望も、信頼できる第三者になら託せる。「お金で安心を買う」こともありますが、「子どもの貴重な時間を浪費させないために投資する」。それが、私のたどり着いた答えでした。
私の終活は、いわば「自分と子どもの未来を、自由にするためのプロジェクト」です。これからこのコラムでは、私が実際にどうやってその「安心」を形にしていったのか、その歩みを定期的につづっていこうと思います。
もちろん考え方は十人十色。この考えが適さない・受け入れられない方もいると思います。でも、実際どんな手順を踏むのか……具体的に知ってみてから判断してみても良いのではないでしょうか?
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